急性虫垂炎とは

 本疾患は俗に「盲腸」といわれていますが、盲腸は虫垂がつながっている大腸の部分の名称であり、炎症の場所は虫垂ですから、「急性虫垂炎」が正しい呼び名です。小腸と大腸の境い目が右下腹部にありますが、この境い目近くの大腸(盲腸)から虫垂は出ています。人間の虫垂は退化しており、ほとんど何の働きもしていません。正常な虫垂は、太さは4〜5mm、長さは5〜8cm程度です。この虫垂に何らかの原因で炎症がおこり、化膿すると、急性虫垂炎となります。症状は、最初、臍の周りや上腹部が痛くなり、だんだんと右下腹部に痛みが移動する例が多く、破れると下腹部全体が痛くなります。熱は37℃から38℃くらいの事が多いです。

 非常に軽い虫垂炎の場合には、「ちらす」すなわち、抗生物質の投与により治療する事ができます。しかし、ある程度すすんだ虫垂炎は薬で治すことが難しく、外科的に虫垂を切除する必要があります。薬で治りそうか、手術が必要かどうかは、おなかの痛みの程度、血液検査、腹部エコーまたはCTの所見、などから総合的に判断します。
 また、時間が経って急性虫垂炎が進行すると、炎症による癒着の結果、だんだんに手術が大変になり、特に穿孔(虫垂に穴があく)にまで至ると化膿性腹膜炎という重篤な合併症が出現します。手術を行う場合には診断のついたその日、緊急手術として行う事が一般的です。
 急性虫垂炎の手術に関して最も問題なのは、最終的にはおなかの中をみないと、本当に急性虫垂炎かどうかの診断がつかない点です。いろいろな検査を行っても、手術前に正しく診断できる確率は8割程度といわれており、急性虫垂炎のつもりで手術を行って、最終的には別の病気であったということは決して少なくありません。特に、大腸憩室炎は虫垂とほぼ同じ部位で起こる事があり、この場合に虫垂炎か憩室炎かを術前に正しく診断する事はきわめて困難です。以上の点をご理解いただきたいと思います。

急性虫垂炎の手術

 急性虫垂炎の手術は、右の下腹部を斜めに約5〜10cm切って行う手術(開腹手術といいます)が一般的でしたが、最近は腹腔鏡による手術を行うことのほうがむしろ多くなっています。腹腔鏡の手術は、全身麻酔をかけた上で、腹部に3〜4箇所、5〜12mmの穴をあけ、そこから内視鏡と手術用の器具を挿入し、テレビモニターを見ながら行う手術です。虫垂炎の炎症が比較的軽く、患者さん自身に大きな合併症がない場合には、開腹による手術に比べて短時間で終わり、傷も小さいため回復も早く、入院期間も短くなります。ただし、予想以上に虫垂炎の炎症が高度な場合、途中で腹腔鏡の手術を断念し、通常の開腹術に移行しなくてはいけない場合が稀にあります。
 炎症が高度であると予想される場合や、全身麻酔が危険と判断される場合(入院直前にご飯を食べて胃の中に食物や胃液が残存している場合も含む)には通常の開腹手術を最初から選択します。
(以下の説明は腹腔鏡手術でも開腹手術でも同じです)

 虫垂切除の手術は、虫垂を根元で縛った後に切って、虫垂を除去する手術です。ただし稀に虫垂周囲の炎症が非常に高度の場合には、虫垂の根元がとても安全に結べる状態でないことがあり、この場合には虫垂を含めて小腸と大腸の一部を切って、腸と腸をつなげる(回盲部切除、吻合といいます)手術が必要になる事があります(この場合は開腹手術が必要です)。また、虫垂が破れて腹膜炎になっている場合や、やはり虫垂が破れて膿瘍(膿のたまり)を作っている場合には、手術中におなかの中を生理食塩水という水でできるだけきれいに洗い、最後にドレーンという管をおなかの中に1,2本入れて手術を終了します。

 お腹の中をみて、急性虫垂炎ではなく他の病気であると診断された場合には、その疾患にあわせた処置をとります。大腸憩室炎の場合には何もしないか、ドレーンを挿入して終わります。非常に高度の大腸憩室炎の場合には腸切除吻合を行うこともあります。以上の様に、虫垂炎ではなさそうな場合にも、診断のために虫垂は切除する事が多いです。人間の場合、虫垂は何の役目もしておらず、切除による障害はありません。

 麻酔に関しては、腹腔鏡手術の場合には全身麻酔、開腹手術の場合には通常、下半身の麻酔(腰椎麻酔または硬膜外麻酔または両者の合併)を選択します。開腹手術の場合にも状況によっては全身麻酔を追加する場合もあります。

術後の症状と合併症

 緊急手術と待機手術の最大の違いは、緊急手術では疾患の診断が完全に付かない場合があるのみならず、患者さんの全身状態も完全には把握しきれないまま手術に臨まなければならないことです。従って麻酔に対する危険性、手術中の管理、術後合併症などの面で、予測できないことが起こる可能性は通常の待期的手術より大きいと言わざるを得ません。
【麻酔に関する危険性】 緊急手術の場合、必要最低限の検査にとどめているため薬剤に対する反応、血圧の維持、尿量の確保などの麻酔中の管理に対して予想がつかないことが起こり得ます。
【手術に関する危険性】 通常の手術の場合には、患者さんが手術に耐えられるかどうかをさまざまな検査を行い調べてから手術に臨みます。例えば心臓や肺や肝臓や腎臓に病気があるか、あるならどう対処すればいいかなどについて検査し、検討します。しかし、緊急手術の場合これらの検査は不十分なままで手術を行わざるを得ませんので、手術中または手術後に心臓、肺、肝臓、腎臓などに障害が起きる可能性は通常の手術より高くなります。
【出血】 急性虫垂炎の手術で大量に出血し、輸血が必要になる場合は極めて稀です。しかし、絶対無いとは言えず、その場合には輸血で対処します。まれに、術中の出血の多少にかかわらず、術後にお腹の中で出血が始まることがあります。この場合、止血のための再手術を行う可能性があります。
【腹腔内膿瘍】 すでに虫垂に穴が開き、腹膜炎になっている場合、お腹の中を徹底的に生理食塩水で洗浄することと、汚れた液体をお腹の中にたまったままにしないようにあらかじめ液体のたまりそうな部分にチューブ(ドレーン)を入れておきます。このように徹底した治療で多くの場合はきれいに治癒しますが、汚れがひどいときなどにはドレーンを入れておいた以外の部分に汚れがたまり、膿となって発熱などの原因になることがあります。これを遺残膿瘍と言い、ドレーンの位置を変更したり、ときには再手術でドレーンを入れ直したりする必要が生じる場合もあります。
【きずの化膿】 急性虫垂炎の手術は、すでにおなかの中が細菌で汚染されており、お腹の傷が化膿する事がまれではありません。特に穿孔し腹膜炎を併発している場合、化膿する確率が高くなります。お腹の傷の化膿(創感染といいます)は術後すぐにわかることもありますが、一見きれいそうな傷が1週間くらいしてから赤くなって膿が出て来ることもあります。
【縫合不全】 非常に稀ですが、虫垂の切って閉じた断端や腸と腸のつなぎ目がうまくつかず、そこから腸液がもれる事があります。この場合は再手術が必要になります。
【腸閉塞】 手術後、癒着により腸閉塞が起きる可能性があります。とくに腹膜炎をおこしている虫垂炎の場合に起きる確率がやや高くなります。

 術後の経過は虫垂炎の程度によって異なります。比較的炎症が軽い場合には術後翌日から水分を飲み、ガスが出れば食事を開始します。最初は流動食ですが、徐々に固くしていきます。退院は手術後2〜4日で可能です。
 炎症が高度であったり、穿孔して腹膜炎を起こしていた場合には、水分や食事の摂取の開始を少し遅らせます。通常、術後2日から4日程度で水分や食事を開始します。順調であれば術後1週間から10日で退院可能です。
 きずが化膿したり、熱がなかなか下がらず膿瘍が疑われたり、腸閉塞になってしまった場合にはそれぞれに応じた処置が必要になりますので、入院期間が延長します。
 特に問題ない場合には、退院後は1週間から2週間目に一度外来を受診していただき、傷やお腹の具合を診させていただきます。その後の定期的な外来受診は不要です。